大坂の松屋町(まつやまち:現在の大阪市中央区松屋町)での出来事です。
そこに、小さな紙屋がありました。
主が亡くなり、あとには四人の子が残されます。
長男の仁三郎(にさぶろう)が十四歳。次が富女(とみじょ)で七歳。次の吉蔵(きちぞう)が四歳。末はまだ二歳の男の子でした。
――そして翌年の秋のことです。
夜更けのこの紙屋に、三人の賊が押し入りました。
三尺の秋水
夜が更け、人が静まったころです。
三人の凶賊が、突然、表の戸を蹴破って跳び込んできました。
母は、いち早くそれと察します。
いちばん下の幼児を抱いて、裏口から逃げ去りました。
兄の仁三郎も、続いて逃げ出そうとします。
――けれども、賊はすでに近づいていました。
いきなり襟首をつかんで、その場に引き据えます。
「ヤイ小僧、金の所在(ありか)を言へ、言はずば是(こ)れぞ」
ぐっと目の前に突きつけられたのは、明晃々(めいこうこう)たる三尺の秋水(しゅうすい)――鋭く光る刀でした。
兄は、それを見るなりぶるぶると震えます。
「我れは雇人(やとひにん)なり、金の所在(ありか)は存じ申さず」
――わたしは雇われの者です。金のありかなど存じません――。
そう言って、振り放って逃げようとしました。
賊はかっと怒り、刀の峰で背中を二つ三つ打ちます。
兄は泣いて、命乞いをしました。

巾着
――その物音に、富女がふと目を覚まします。
そして、この様子を見て深く驚きました。
タッ起き上がって、箪笥(たんす)のひきだしから巾着(きんちゃく:布の財布)を取り出します。

中には、お年玉の金などが入っていました。
親しい人々から贈られたものです。
富女はそれを持って、賊の前へ走り出ました。
「金が欲しくば之れを参(まゐ)らせん、兄をば赦(ゆる)し玉(たま)へ」
――お金が欲しいなら、これを差し上げます。兄は赦してください――。
そして、巾着を賊の前に差し置きます。
賊たちは、目と目を見合わせました。
――富女は、その隙に手早く兄を引き放しました。
そして自分の背後にかばい、自ら身を白刃の下に横たえます。
「ノウ兄は赦し玉へ、其代(そのかは)り、わらはをば殺(ころ)し玉へ」
――ねえ、兄さんは赦してください。その代わり、わたしを殺してください――。
覚悟を定めて、身動きひとつしません。
三人の賊は顔を見合わせて、一言も発しませんでした。
――やがて一人が、感嘆の声を漏らします。
ほかの賊と見合わせて、うなずき合いました。
そして、そのまま表へ走り出て行ったのです。

鬼の目にも涙
――しばらく経って、この賊たちが捕らえられました。
役人がその罪状を糺(ただ)すと、賊は感嘆しながら語り出します。
「我等多年、悪事を働く内には、随分色々の事にも出逢ひ候ひぬ、されども松屋町の小娘ほど世にも殊勝(しゅしょう)なるは、復(ま)たと候はず」
――わたしどもは長年悪事を働いてまいりましたから、ずいぶんいろいろなことにも出くわしました。けれども松屋町の小娘ほど殊勝な者には、二度と出会ったことがありません――という意味です。
賊は続けます。
何という家かは分かりません。小さな紙屋でした。ある夜、三人で押し入って、小僧を捕まえ、金のありかを尋ねました。すると――
「年は七つか八つにや候はん、小さき娘、巾着(きんちゃく)を持ち来り、身を白刃の下に置きて、兄に代(かは)らんと申し候ふ」
――年は七つか八つでもありましょうか、小さな娘が巾着を持ってきて、自分の身を白刃の下に置いて、兄に代わりたいと申したのです――という意味です。
そのけなげさに――と、賊は言いました。
「張(は)りも抜け、気も挫(くじ)け、其儘(そのまま)表へ飛び出し候(さうら)ひぬ」
――意地も抜け、気持ちも挫けて、そのまま表へ飛び出してしまいました――。
そして、こう締めくくります。
「それより後は夜稼ぎを止めんと思ひ候へども、外に生活の道なきまゝ、今日に及び候ひしが、アノ時の事ばかりは、今に身に浸(し)みて忘れ候はず」
――それから後は夜の稼ぎをやめようと思いましたが、ほかに生きる道がないまま今日に至りました。けれども、あのときのことばかりは、いまも身に沁みて忘れません――という意味です。
鬼の目にも涙。
賊は語り終わって、目をしばたたきました。
――役人はそれを聞いて感嘆し、さっそく人を遣わして取り調べます。
そして、富女を探し当て、厚く賞したのです。

炭彦の嬢
このことは、町にも伝わりました。
豪商の炭屋彦兵衛(すみや ひこべえ)という人が深く感じ入り、富女を養女にしたいと願い出ます。
嘉永元年(1848年)七月十九日のことでした。
富女はこののち、「炭彦(すみひこ)の嬢」と敬われる身になりました。
『女武士道』の著者は、こう結んでいます。
「至誠の動く処、懦夫(だふ)をして起たしめ、頑夫(がんぷ)をして廉(れん)ならしむ、富女の如き即ち是れなり」
――まことの心が動くところでは、臆病な者も奮い立ち、頑(かたく)なな者も欲を慎むようになる、富女はまさにそれだ――という意味です。


