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人間関係に疲れたあなたへ。聖徳太子が『十七条憲法』に込めた、孤独を慈悲に変える「和」の真実

聖徳太子日いずる処 日本の悩み
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「もう、誰とも関わりたくない」

今のあなたは、そんな気持ちを抱えていませんか?朝、目が覚めた瞬間から心が重い。スマートフォンの通知を見るだけで疲れる。誰かの機嫌を気にし、本音を飲み込み、傷つかないように笑っている。そんな毎日に、心が少し擦り減ってしまったのかもしれません。現代は、「つながりの時代」と言われます。でも、そのつながりが、時に僕たちを苦しめることもある。近すぎる人間関係。終わらない比較。言葉のすれ違い。そんな時、僕が思い出す一人の人物がいます。その名は、

聖徳太子

今から約1400年前。争いと対立が絶えなかった時代に、人と人がどうすれば共に生きられるのかを、真剣に考え続けた人物です。彼が生きた時代は、決して穏やかではありませんでした。豪族同士の争い。権力争い。価値観の衝突。そして、新しい思想や文化が流れ込む中での混乱。まさに、どうすれば人と共に生きられるのかが問われる時代だったのです。そんな中、聖徳太子が残したのが、

『十七条憲法(じゅうしちじょうけんぽう)』

でした。ただし、これは今の憲法のような法律ではありません。むしろ、

「人として、どう生きるべきか」
「争いを超えて、どう共に在るか」

という、現代風に言えば、人間関係をより良くするための必須マニュアルだと僕は思ってます。その第一条に、有名な言葉があります。

「和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす)」

でも、ここで言う「和」は、ただ仲良くすることではありません。本音を押し殺して、我慢することでもない。違いがあることを認めながら、それでも相手を理解しようとする心。相手の主張し過ぎを、己の主張でもって程よい中心を求める。けっして言いなりになる姿勢ではありません。時に喧嘩をしてでも仲良くなる(ときに外国人に対しては主張しないことが侮りを招くことが多いように感じます)ことだと僕は思ってます。争いの中にいても、憎しみに飲み込まれない強さ。その「和」の本当の意味を、今から、あなたと一緒に旅してみたいと思います。読み終わる頃、あなたの人間関係を見る景色が、少しだけ優しく変わっているかもしれません。

第一章:なぜ「和」はこれほどまでに苦しいのか

血塗られた時代に生まれた、「和」という願い

「和を以て貴しとなす」
――和を大切にしなさい。

この言葉を、一度は聞いたことがある人も多いでしょう。聖徳太子の『十七条憲法』第一条に記された、あまりにも有名な言葉です。でも、僕たちは時々、この言葉を少し軽く受け止めすぎているのかもしれません。

「仲良くしましょう」
「ケンカはやめましょう」

そんな優しい標語のように。けれど、聖徳太子が生きた時代は、決して穏やかな世界ではありませんでした。豪族同士の争い。権力を巡る対立。血縁さえ安心できない政治。実際、太子が生きた時代には、崇峻天皇が暗殺される事件も起きています。国は、決して一枚岩ではありませんでした。そんな時代だったからこそ、太子は「和」を語ったのではないか。僕はそう思うのです。ただ仲良くすること。本音を我慢して空気を読むこと。それが、太子の言う「和」ではありません。違いがある。意見がぶつかる。感情もある。それでも、争いだけでは前に進めないと知ること。憎しみの連鎖を、どこかで止めようとすること。僕は、太子の「和」とは、現実の厳しさを知った人だからこそ辿り着いた、強さを持った優しさだったのではないかと思うのです。

だから今、人間関係に疲れ、

「もう誰とも関わりたくない」

と思っているあなたにも、この言葉は静かに届くのかもしれません。

「和を以て貴しとなす」

それは、自分を犠牲にして我慢しろ、という教えではなく、

「憎しみに飲まれない心を持とう」

という、1400年前からの、深い問いかけなのかもしれません。

同調ではなく、調和を目指す

人間関係に疲れてしまう理由の一つに、相手に合わせすぎること、があります。本当は嫌なのに笑う。言いたいことを飲み込む。空気を壊さないように、自分を少しずつ削ってしまう。気づけば、自分が何を感じていたのか分からない、そんな状態になることもあります。でも、聖徳太子が語った「和」は、実は今の僕たちがイメージする同調とは少し違うように思えるのです。『十七条憲法』第一条には、こんな言葉があります。

「人皆党あり、また達れる者少なし」
――人は皆、仲間内で固まりたがる。そして、物事を広く深く理解できる人は少ない。

なんだか、今のSNS社会にも通じる言葉ですよね。自分の正義。自分の価値観。似た者同士で集まり、違う意見を敵のように感じてしまう。太子は、そんな人間の未熟さを、きっとよく知っていたのでしょう。だからこそ、和を大切にしなさい、と言った。でもそれは、全部同じ意見になれ、という意味ではない。無理に合わせろ、という意味でもない。僕は、太子の言う「和」とは、違いを持ったまま、共に在ろうとすることなのではないかと思うのです。

意見が違ってもいい。価値観が違ってもいい。ただ、その違いを、憎しみや排除に変えないこと。相手を否定する前に、少しだけ理解しようとしてみること。それが、「和」の始まりなのかもしれません。もし今、人間関係に疲れているなら。無理に周りへ合わせなくていい。あなたがあなたのままでいながら、それでも誰かと共に生きる道は、きっとある。聖徳太子の言葉は、そんな静かな希望を、1400年後の僕たちにも届けてくれている気がします。

相手を変える前に、自分の心を整える

人間関係に疲れている時。僕たちはつい、こう思ってしまいます。

「あの人が変わってくれたら楽なのに」
「分かってくれたらいいのに」

でも、聖徳太子の思想を見ていると、少し違う問いが見えてきます。まず、自分の心は整っているか、という問いです。『十七条憲法』には、争いを避け、感情だけで判断せず、話し合い、礼を重んじる姿勢が何度も出てきます。つまり太子は、相手を打ち負かすこと、ではなく、どうすれば共に在れるか、を考え続けた人だったのでしょう。もちろん、現実はそんなに簡単ではありません。不誠実な人もいる。傷つけてくる人もいる。理不尽なこともある。でも、そんな時こそ、僕は太子の「和」を思い出したくなるのです。和とは、ただ我慢することではない。自分を消すことでもない。怒りに飲まれず、自分の品位を守ること、なのではないか、と。相手がどうであれ、自分まで乱れない。相手が不誠実でも、自分まで不誠実にならない。それは、弱さではなく、とても強い生き方です。

人間関係の苦しさは、相手を変えようとするほど、重くなっていく。でも、自分は、自分の在り方を守ろう、と思えた時、少しだけ、心が軽くなることがあります。あなたが今、誰かとの関係に疲れているなら、まずは、相手を変えることではなく、自分の心を整えることから始めてもいいのかもしれません。そこに、静かな「和」の入口がある気がするのです。

 

 

第二章:怒りの炎を鎮める「十条の教え」

他人は鏡。怒りは自分の「我」から生まれる

人間関係に疲れてしまう時。そこにはたいてい、怒りがあります。

「どうして、あんな言い方をするんだろう」 
「どうして分かってくれないんだろう」
「自分ばかり我慢している気がする」

そんな思いが積み重なって、心が重くなっていく。きっと、今のあなたにも、少し心当たりがあるかもしれません。そんな僕たちの心を、1400年前に、まるで見透かしていたかのような言葉があります。『十七条憲法』の第十条です。

「忿(いかり)を絶ち、瞋(いかり)を棄て、人の違うを怒らざれ」
(怒りを鎮め、恨みを捨て、他人の意見が自分と違うからといって腹を立ててはならない)

驚くほど、今の時代にも刺さる言葉です。SNSでも、職場でも、家庭でも。僕たちは、自分の正しさを握りしめた瞬間から、苦しくなっていくことがあります。もちろん、怒ってはいけない、という話ではありません。人間だから、腹も立つ。悲しくもなる。理不尽に傷つくことだってある。でも、太子はきっと、こう問いかけているのです。

「その怒りの奥に、何がある?」

と。分かってほしかった。認めてほしかった。傷ついた。本当は、悲しかった。怒りの奥には、そんな気持ちが隠れていることが多い。そしてもう一つ、太子はこんな趣旨のことも語っています。

「人には、それぞれ考えがある」

自分が正しいと思うことが、相手には違って見えることもある。逆もまた然り。だからこそ、違いそのものを憎むのではなく、違うまま、どう向き合うかが大切なのだと。これは、簡単なことではありません。でも、怒りに飲み込まれず、一度立ち止まれるようになった時。人間関係は、少しだけ楽になるのかもしれません。

賢者と愚者の境界線はない

聖徳太子の第十条には、

さらに深く、

そして少し胸が痛くなるような言葉があります。

「我必ずしも聖(ひじり:優れた賢者)にあらず。彼必ずしも愚(おろか)にあらず。共にこれ凡夫(ぼんぷ:煩悩にまみれた、普通の人間)のみ」
――私が必ずしも正しいわけではないし、相手が必ずしも間違っているわけではない。私たちはいずれも、迷いの中にある普通の人間にすぎないのだ。

「自分は正しい、相手が悪い」と思っているとき、僕たちは無意識のうちにマウントを取り、自分を相手より上に祭り上げています。でも、一千四百年前の天才政治家である聖徳太子が、「自分も、相手も、ただの凡夫なのだ」と断言しているのです。もちろん、本当に理不尽な相手もいます。傷つけられることだってある。でも、気づかないうちに、自分を正しい側に置き、相手を間違っている側に置いてしまうこともある。それってなかなか自分では気づきにくいものです。それはまるで、夢の中で夢をみてることに気づけないのと同じ構造だと僕は考えます。

聖徳太子は、静かにこう語りかけてきます。

「あなたも、相手も、同じ凡夫ではないか」

と。凡夫という言葉には、少し厳しさがあります。でも同時に、大きな優しさもある。完璧な人なんていない。誰もが、不安を抱え、傷つき、迷いながら生きている。怒ってしまう日もある。弱くなる日もある。それは、あなただけではない。相手もまた、同じなのかもしれない。そう思えた時、少しだけ、心が柔らかくなることがあります。尖っていた感情が、すうっとほどけていくことがあります。人間関係の苦しさは、正しさにしがみつくほど、深くなっていく。でも、自分もまた不完全なんだと思えた時、世界は少しだけ、優しく見え始めるのかもしれません。

人を裁く前に、お互い「凡夫」であることを思い出す

人間関係に疲れている時、僕たちは、他人の失敗が妙に気になることがあります。

「あの人は、どうしてあんなことをするんだろう」
「なんで、ちゃんとできないんだろう」

一生懸命やっている時ほど、相手の未熟さが、心に引っかかってしまう。でも、聖徳太子の言葉を読み返すたび、僕は少しハッとさせられます。

「共にこれ凡夫のみ」
――私も相手も、同じ迷いの中にいる人間なのだ。

という視点です。失敗しない人はいない。感情に流されない人もいない。余裕がなくなれば、誰だって不機嫌になるし、間違うこともある。もちろん、傷つけられた時まで、無理に許す必要はありません。離れた方がいい関係もある。でも、ほんの少しだけ、こう考えてみる。

「この人も、何かを抱えているのかもしれない」

と。疲れているのかもしれない。不安なのかもしれない。本当は、誰かに助けてほしいのかもしれない。そう思えた時、怒りは少しだけ形を変えることがあります。聖徳太子の「和」とは、きっと、完璧な人間同士が仲良くすることではなかった。不完全な人間同士が、それでも共に生きようとする知恵。僕は、そんな温かな現実主義だったのではないかと思うのです。だから、もし今、誰かにイライラしているなら。そして、自分自身にも疲れているなら。少しだけ、肩の力を抜いてみてください。あなたも、相手も、ただ迷いながら生きる「凡夫」なのだから。

 

 

第三章:片岡山の飢人(きじん)

道端に倒れた「名もなき男」への慈悲

聖徳太子の物語の中で、僕が特に胸を打たれる話があります。それが、

「片岡山の飢人(かたおかやまのきじん)」

の逸話です。『日本書紀』に記された、とても静かで、でも深く心に残る物語。ある日、太子が片岡山(現在の奈良県周辺)を通りかかった時のことです。道端に、一人の男が倒れていました。衣は破れ、食べるものもなく、今にも命が尽きそうな姿だったと伝えられています。身分も分からない。名前も分からない。誰にも気づかれず、そのまま消えていっても、おかしくなかった一人の人間。その時、聖徳太子は足を止めました。ただ通り過ぎるのではなく、その人のそばへ行ったのです。そして、自らの衣を脱ぎ、男に掛け与えた。さらに食べ物を与え、人を遣わせて世話をさせたと伝えられています。そして太子は、こんな歌を残しています。

「しなてるや 片岡山に 飯に餓えて 臥せるその旅人あはれ」
――片岡山で、飢えに苦しみ倒れている旅人よ。なんと痛ましいことだろう。

この話に、僕はいつも考えさせられます。太子が救おうとしたのは、偉い人ではありませんでした。言うなれば身分の低い「ただ、苦しんでいる人」だった。名前も知らない。見返りもない。それでも、太子は手を差し伸べた。1400年前に、こんな人がいたという事実だけで、少し救われる気持ちになります。

 

 

一期一会の覚悟で、全霊を尽くす

太子にとって、この片岡山の飢人は、天皇の親族でも、有力な豪族でもありませんでした。名前も分からない。身分も分からない。歴史に名が残ることもない、ただ苦しんでいる一人の人間。でも、太子は足を止めた。その人を、助ける価値がある人かで見なかった。ただ、今、目の前で苦しんでいる人として見たのです。これって、すごいことだと思いませんか。今の僕たちは、無意識に人を選んでしまいます。自分に優しい人。役に立つ人。価値観の合う人。現代ではここに、「何か良からぬことに巻き込まれやしないか・・・」といった心配も入ってくるでしょう。でも、太子の行動を見ていると、人を大切にするということは、もっと静かで、もっと根源的なことなのだと感じます。

「この人も、自分と同じ命なんだ」

という眼差し。そして、その時にできることを、ただ差し出すこと。見返りなんて求めない。感謝される保証もない。それでも、苦しんでいる人に手を差し伸べる。それが、太子の「和」の根っこにある、慈悲だったのではないでしょうか。もし今、人間関係に疲れているなら。すべての人に優しくしようと、無理をしなくていい。ただ、目の前にいる誰か一人に、ほんの少し、温かな眼差しを向けてみる。その小さな優しさが、もしかしたら、相手だけでなく、あなた自身の心も救ってくれるのかもしれません。

名もなき人が、人生を教えてくれることがある

片岡山の飢人の物語には、少し不思議な続きがあります。数日後、男が亡くなったと聞いた太子は、深く心を痛め、丁重に葬ったと伝えられています。ところが、後に墓を開けると、そこには遺体がなく、太子が掛けた衣だけが、綺麗に畳まれて置かれていた。『日本書紀』には、そんな不思議な話が残されています。人々は言いました。「あの男は、実は神様や仏様だったのではないか」と。

もちろん、本当のことは分かりません。でも、僕はこの話を読むたび、一つのことを考えます。人生には時々、助けたつもりが、実は自分が教えられていたという出会いがある、ということです。苦しんでいる人。弱っている人。傷ついている人。そんな人と出会った時、僕たちは、つい助ける側の気持ちになる。でも本当は、その人の存在によって、命の儚さ、優しさの意味、人としてどう在りたいかを、自分の方が教わっていることがある。聖徳太子もまた、片岡山の飢人との出会いから、何か大切なものを受け取ったのかもしれません。だからこそ、この逸話が1400年も語り継がれてきたのでしょう。

もし今、孤独を感じているなら。あなたも、誰かの支えによって、今日まで生きてきたことを、少しだけ思い出してみてください。そして同時に、あなた自身も、気づかないところで、誰かを支えている存在なのかもしれません。

第四章:十七の扉を開けて、明日へ

独りで決めない「十七条」の智慧

人間関係に疲れている時、僕たちは、心を閉じてしまうことがあります。誰にも相談したくない。もう分かってもらえない。どうせ話しても無駄だ。そんなふうに、自分の中へ、少しずつ閉じこもってしまう。でも、聖徳太子は『十七条憲法』の最後、第十七条で、こんな言葉を残しています。

「事独り断ず(判断すること)べからず。必ず衆(しゅう:多くの人)とともに論(あげつら:話し合う)ふべし」
――大切なことは、自分一人で決めてはならない。必ず多くの人と話し合いなさい

1400年前の言葉とは思えないほど、現代的ですよね。独断で決めたほうが、物事がスムーズに進むのは確かでしょう。それが道理に適っていることであれば、メリットしかないように思えてきます。ただ僕が思うのは、独断で決めたその後ろには、必ず抑え込まれた不満がたまっていきます。たとえそれが理に適っていたとしても、です。たまった不満は足の引っ張り合いへとつながるでしょう。結局は遠回りとなります。太子は、だからこそ皆で話し合うように言われたのだと、僕は考えています。もちろん、現実には、話しても分かり合えない人もいます。傷つくこともある。理不尽な言葉を投げられることもある。だから、無理に仲良くしなくてもいい。ただ、もし少し余裕があるなら。この人には、自分にない視点があるのかもしれない、と、ほんの少しだけ思ってみる。すぐ理解できなくてもいい。納得できなくてもいい。ただ、そういう考えもあるのかと、心の片隅に置いてみる。お互いが「自分の話を聞いてくれた」「理解しようと一度は努めてくれた」その気持ちを共有することこそが大事なのではないでしょうか。

分かり合うことだけが、和ではない。違いを持ったまま、それでも共に在ろうとする。聖徳太子が目指したのは、そんな成熟した社会だったのかもしれません。

言葉には、人を生かす力も、傷つける力もある

聖徳太子の時代。人と人の争いは、命を奪うほど激しいものでした。だからこそ、太子は『十七条憲法』の中で、何度も、

「怒りを慎むこと」
「話し合うこと」
「礼を大切にすること」

を説いています。僕はそこに、太子の深い願いを感じます。

「言葉で人を壊すのではなく、繋いでほしい」

という願いです。日本には古くから、「言霊(ことだま)」という考えがあります。言葉には、目に見えない力が宿る。荒い言葉は、人の心を閉ざし。温かな言葉は、凍った心を少しずつ溶かしていく。これはきっと、1400年前も、今も変わらない。人間関係に疲れている時ほど、僕たちは言葉が鋭くなります。自分を守ろうとして、つい相手を傷つける。あるいは、自分自身に向かって、「自分なんてダメだ」と言い続けてしまう。でも、そんな時こそ、少しだけ立ち止まってみる。「今の自分の言葉は、誰かを温めているだろうか」と。

そしてもう一つ。僕は、聖徳太子の「和」の思想の奥に、ある種の内なる品位を感じます。誰が見ていなくても、怒りに飲み込まれない。誰かを見下さない。違う意見をすぐ敵にしない。それは、人に見せるためではない、自分自身との約束です。人間関係を整える前に、まず自分の心を整える。自分は今、誠実でいられているだろうか、その静かな問いが、きっと、人生を少しずつ優しい方向へ運んでくれる。僕は、そう思うのです。

すべては移ろう――だからこそ、大切にできる

人間関係に疲れている時。僕たちは、つい思ってしまいます。

「この苦しみがずっと続くのではないか」

と。でも、聖徳太子が深く学んだ仏教には、一つの大切な考えがあります。それが、「無常(むじょう)」です。この世のものは、すべて移り変わっていく。喜びも。悲しみも。人の気持ちも。苦しみも。永遠に同じままではいられない。

聖徳太子は、仏教を深く学び、『三経義疏(さんぎょうぎしょ)』と呼ばれる書を遺した人物としても知られています。また、太子ゆかりの言葉として、

「世間虚仮(せけんこけ)、唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」

という言葉が伝えられています。
――この世のものは移ろいやすく、絶対ではない。だからこそ、本当に大切なものを見失わないように。

そんな祈りにも僕には聞こえます。これは、決して絶望の言葉ではない。むしろ逆です。永遠じゃないからこそ、大切にしようという、優しい眼差し。今の苦しみも、きっと移ろっていく。今の孤独も、やがて形を変える。だから、無理に急がなくていい。答えを焦らなくていい。もし今日は疲れているなら、ただ空を見上げるだけでもいい。風の音を聞くだけでもいい。変わり続ける世界の中で、今日を生きている自分を、少しだけ労わってあげてください。人生は、思っているより、ちゃんと流れていく。聖徳太子の時代から、1400年経った今も。その流れは、きっと変わっていないのです。

 

 

第五章:【結び】――太子からのメッセージ

聖徳太子からの問いかけ

ここまで読んでくれたあなたに、最後に伝えたいことがあります。聖徳太子は、1400年も前の人物です。生きた時代も、価値観も、僕たちとはまるで違う。それなのに、どうしてこんなにも、その言葉が胸に響くのでしょう。僕は、太子が最後まで向き合っていた問いが、人と人は、どうすればお互いの関係に苦悩することなく、共に生きられるのか、だったからだと思うのです。人間関係に疲れる時、僕たちは、つい相手を責めてしまいます。

「どうして分かってくれないんだろう」
「どうして、あんなことを言うんだろう」

でも、太子は1400年前に、静かに語りかけています。

「我必ずしも聖にあらず。彼必ずしも愚にあらず。共にこれ凡夫のみ」
――自分だけが正しいわけではない。相手だけが間違っているわけでもない。皆、迷いながら生きる人間なのだと。

そして、だからこそ、

「和を以て貴しとなす」

だったのでしょう。和とは、自分を殺して我慢することではない。違いをなくすことでもない。違いを抱えながら、それでも憎しみに飲まれず、共に在ろうとすること。その静かな努力こそが、人と人を繋ぐのだと、太子は教えてくれている気がします。もし今、人間関係に疲れているなら。無理に頑張らなくていい。すぐに許せなくてもいい。ただ、今日ほんの少しだけ、誰かに優しい言葉をかけてみる。怒りの前で、一度だけ深呼吸をしてみる。相手もまた、自分と同じ「凡夫」なのだと、思い出してみる。その小さな積み重ねが、きっと、あなた自身の心を守ってくれる。聖徳太子の「和」は、争わないための教えではなく、違いを抱えながら、それでも共に生きようとする勇気なのかもしれません。

その静かな光が、あなたの明日を、少しだけ優しく照らしてくれますように。

 

 

 

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